1に安静、2に食餌療法、最終段階で薬を使用する
胃潰瘍、十二指腸潰瘍は、胃炎とともに日本人に多い病気の1つである。診断には、X線検査、内視鏡検査による医師の精密検査が必要であるが、見わける方法はある。
胃潰瘍、十二指腸潰瘍はまとめて消化性潰瘍と呼ばれることもある。これは消化作用をもつ胃液が胃や十二指腸の内壁の粘膜組織に酸としての化学作用を発揮してただれやくずれを起こし、ついですりばち状の欠損すなわち潰瘍を作るため、自己の出した胃液で自分自身を消化することになるため、こう呼ばれる。
潰瘍が進行すると粘膜の層ばかりでなくさらにその内側の筋肉層まで損傷して、ついにはい胃穿孔、十二指腸穿孔といって胃に穴があき、急性腹膜炎を起こしショック状態で病院の手術室に担ぎこまれてくる人もある。
潰瘍にかかりやすい人は、精神労働者といわれるホワイトカラー族、心理的ストレスの強い人、暴飲暴食する人、胃酸過多症の人、運動不足の人、たえず心配事をもちストレスに悩む人などである。
潰瘍の主な症状は、周期的に出現する空腹時の胃痛(上腹部痛)、食後30分経った頃の胃痛、過酸症状(胸やけ、酸っぱいげっぶ、生唾)、吐血、下血などである。十二指腸潰瘍の特徴は、空腹になると痛みが起こり、何か食べると痛みが消える。胃潰瘍の場合でも十二指腸に続いている幽門前庭部にできた潰瘍は、空腹時痛を認めることがある。
ただ単純に空腹時の痛みだけで、胃潰瘍か十二指腸潰瘍かを判定することはできないし、また胃と十二指腸に同時に潰瘍ができることもある。
胃潰瘍にしても十二指腸潰瘍にしても、例外はあるけれども、主症状の胃痛(上腹部痛)が毎日あるので単なる胃炎の場合の胃痛とは違っている。1週間以上胃痛が続いたら警戒すべきである。潰瘍の疑いがもたれたら、まず医療機関で精密検査を受け、その診断の結果に従って治療する。
潰瘍にかかった場合、まず第一に安静、第二に食餌療法、第三に薬である。安静は、心身両面の安静が大切である。肉体的安静とともに、日常生活の精神的緊張(精神的ストレス)から解放されるようにつとめねばならない。
潰瘍にも急性期と慢性期があって、急性期の特に吐血、下血のある場合には医師の指示に従って入院して治療することが必要となる。
慢性期には通常の仕事はよいとしても、残業や激務を避け、自動車の運転のような精神的過労になることは、慎む必要がある。潰瘍の食餌療法も原則的には慢性胃炎と似ていて、胃粘膜を刺激しない、栄養価の高いやわらかいものを、ゆっくり噛んで、少量ずつ食べることである。
重症の急性期の場合には絶食に引き続き、重湯、お粥、軽食とし、野菜は繊維の少ないものを、裏ごしにしたり、やわらかく煮る。
卵は生卵よりも半熟卵のほうが消化はよい。果物も酸味の弱いもの、消化のよいものをとる。食品を選択する場合、やわらかいか、かたいかという口当たりは関係ない。よく噛んで消化よく吸収されることが大切なのである。
問題は胃の中に入ってからのことである。
たとえば塩せんべいとたくあんを比較すると塩せんべいのほうがかたいように思われるが、胃の中に入った場合には、せんべいは胃液で溶かされてお粥のようになるが、たくあんは消化されにくい。食餌療法を行う場合は、病院・診療所で検査を受け、医師の指示に従って行う。禁煙を実行することも大切である。
潰瘍はなぜできるのか?
潰瘍がどのようにしてできてくるかについては、まだ明確な解答は出されていないが、次のように考えると一般療法、食餌療法を実行するためにも、薬を選択する際にも便利である。
胃粘膜はつねに粘膜を攻撃する因子と粘膜を防禦する因子の戦場となっていて、両者のアンバランス、つまり攻撃因子が相対的に優勢になると潰瘍が発生すると考えるのである。
攻撃因子の代表的なものは、胃液の中に含まれている酸の水素イオンとペプシン(たんばく質分解酵素)。防御因子となるものは、胃の表面を0.5~2.5mmの厚さで覆っている胃粘液と胃の血流並びに胃粘膜細胞の代謝など。なかでもプロスタグランジン(PGE2、I2) 代謝は防御因子の中心的役割を担っている(細胞保護作用)。
このように潰瘍発生のしくみを考えると、攻撃因子の胃酸を中和する制酸剤が潰瘍の薬になることが理解されるし、タバコは胃液の分泌を多くし、かつまた防御因子として働いている血液の流れを悪くするので禁煙が潰瘍治療に効果があることがわかる。
精神的ストレスは神経性経路(迷走神経)を通して胃液の分泌を多くし、また副腎皮質ホルモンの分泌に影響して攻撃因子優勢に味方する。一方防禦因子の血液の流れは精神的ストレスが交感神経の興奮を起こすために悪くなる。心身の安静が潰瘍の治療に必要であることが理解されたと思う。
潰瘍に効く薬
潰瘍のしくみを考えてみると、潰瘍治療薬としてどのようなものがあるかわかってくる。まず胃液の酸を中和する制酸剤、たんばく質消化酵素ペプシンに対する抗ペプシン剤、迷走神経に抑制的に働き胃液の分泌を抑える抗コリン剤、胃粘膜の保護あるいは粘膜の修復を促進する粘膜保護修復剤などを挙げることができる。
コリンとは、神経末端から分泌され、特に消化管の働きを促進させる物質のことである。胃酸の分泌はアレルギーの時などに分泌されるヒスタミンによっても分泌される。最近では胃壁の細胞に存在する受容体( ヒスタミン恥受容体)に作用して、その効果を遮断する受容体括抗剤も潰瘍治療剤として登場し潰療治療は容易になってきた。胃液の酸を中和するクスリは胃潰瘍の治療に用いられてきたが、さらに自律神経の活動を抑制して胃液の分泌を少なくし、粘膜の保護修復を促進するための薬などを配合した潰場治療薬が出ている。
胃潰瘍にかかったモルモットにキャベツを与えたところ、潰瘍が治った。このことから、キャベツの中から発見された抗潰瘍剤メチルメチオニンスルホニウムクロライド(MMSC)を主剤とする薬が製品化されている。このMMSC の入った潰瘍薬には
MMSC の作用は、潰瘍組織の再生修復と細小動脈の血流をよくすることであるが、同じような作用を持ったものにL- グルタミンがある。この薬は胃液の水素イオンの胃粘膜への侵入を抑制する抗潰瘍剤である。これを主剤として作られた製剤には、パンシロンがある。
胃液の中に含まれているたんばく質消化酵素ペプシン(攻撃因子)に対して抗ペプシン作用を持つものとしては、ヒドロタルシト がある。これを主剤とした薬にはシオノギS 胃腸薬が代表的。
胃潰瘍の薬として、医師にもよく使われているものに、アズレンがあげられる。消炎、抗ペプシン、抗ヒスタミンなどの作用を併せもっていて、さらに創傷治癒を促進する。この製剤にはパンシロンAZ胃腸薬やワクナガ胃腸薬Uなどが市販されている。
また、塩酸セトラキサート製剤も抗潰瘍薬として使われている。抗炎症、微小循環改善、プロスタグランジン合成促進、抗ペプシン、抗力リクレイン作用など、多方面にわたる抗潰瘍作用をもっている。製剤としては、センロック などがある。
軽い胃痛・激しい胃痛、それぞれの原因
軽い胃痛は、胃潰瘍、十二指腸潰瘍以外の時にも起こる。胃痛(上腹部痛)は腹部病変の存在を意味する警鐘と考えなくてはならない。
痛みが軽い、それほど強くない場合には新セルベールを服用してみるとよい。本剤には副交感神経遮断作用(抗コリン作用) を持つロートエキス散が配合されていて胃の運動を抑制し胃液の分泌を減少させる。
鋼クロロフィリンナトリウムも含まれていて、胃液中のペプシンを吸着し、胃潰瘍の場合には粘膜保護作用を期待できるとともに、胃疾患による口臭をとる作用もある。
激しい胃痛は、胃潰瘍、十二指腸潰瘍の症状でもあるが、胆石症、急性胆のう炎、急性膵炎、腸閉塞、尿管結石、卵巣のう腫、子宮外妊娠などで起こることもある。
潰瘍の場合は、潰瘍の薬を用いれば効果があるが、原因不明の激しい痛みに対しては、その痛みを叫時的に止める救急鎮痛薬が必要となる。
キリキリとした痛み、いわゆる胃けいれんの状態の時には、まず鎮痙・鎮痛剤の配合された薬を服用して痛みとけいれんを止めて病院にかけつけることである。
このような、鎮痙・鎮痛剤の配合されている胃腸薬には、鎮痛鎮痙胃腸薬がある。薬で痛みが止まっても、安静を保ち、医師の診察を受けなければならない。そうでないと、激しい痛みの起こった原因がわからぬうちに、手術するにも手おくれという事態が起こりうる可能性がある。